日本の食文化に欠かせないお箸。つやつやのガラスの箸置きには天然木のお箸がよく似合います。 かつて、世界的にトップクラスの人口を誇っていた「江戸」は、服・ガラス・木材・紙何でもリサイクルする循環型社会でした。
ヨーロッパで浮世絵が広まったのは「日本から輸入された陶磁器の包み紙だったから」というのは有名な話です。
江戸時代は使える資源はとことん使い、SDGsが無意識に生活の中にありました。お箸もまた、そんな江戸の暮らしと関係しています…。
「木を捨てることがもったいない!」という精神から生まれた江戸唐木箸(えどからきばし)をご存知でしょうか?
その名の通り、江戸の町で生まれた高級木材を使った職人技のお箸です。
今回は食器ブランド・トミクラフトのデザイナーが、ギフトセットのために取材した江戸唐木箸のヒミツを記事にしました!
江戸唐木箸(えどからきばし)とは?
江戸唐木箸とは、東京都の馬喰町にある老舗箸屋・川上商店が作るお箸です。唐(中国)から日本に伝わった、高級木材を使用していた箸は“唐木箸”と呼ばれました。“東京”の“唐木箸”で江戸唐木箸と命名。株式会社川上商店の自慢の一品です。 戦後、安価で簡単なプラスティック箸が主流になっても、方針を曲げることなく、より使いやすい木箸を追求し続けてきた川上商店。
そのこだわりと高い技術が、お箸の専門店として東京で110年以上の歴史を誇ります。
▲先端は 約2mm 角の四角形。食材がつまみやすい。
機能的に美しく。川上商店の箸づくりのモットーです。熟練の職人が、一本一本を丹念に削りだして生み出しています。特にこだわっているのは、箸の心臓部と呼ばれる箸先。「持つ」「つまむ」「運ぶ」などの食事の一連の流れをスムーズにする機能性を持たせ、シンプルかつ、美しい箸づくりを目指しています。川上商店HPより
江戸唐木箸の歴史
▲中央区にある川上商店のショールーム「箸処手もち屋」。
江戸唐木箸は、木工品が活発な東京で誕生したお箸。
古くは奈良時代。熱帯地域の木は中国・唐を経て日本へ輸入され唐木(からき)と呼ばれました。
唐木は、硬く耐久性のある黒檀・紫檀・鉄木などの高級木材で、日本では床の間の柱や、仏壇・家具に使用されています。
「火事と喧嘩は江戸の華」がお箸と関係していた?!
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉を聞いたことはありませんか? 江戸は路地が狭い鰻の寝床だったため、火事があると一気に火が回りました。 木でできた長屋は災害にめっぽう弱く、何かあるたびに建物を取り壊し…。
火事のあと、家を再建するために木がたくさん必要になりました。当然、木材のニーズは高まり、価格も高騰。
現代のように林業の場で電動ノコギリやトラックもない時代ですから、江戸時代の林業は栄えたものの、木が貴重だったことは想像できます。
もったいない精神!端材から生まれたお箸
▲日本建築の書院造。江戸時代になると武士や上層農民などの住宅にも取り入れられるように。
田舎の古い旅館や、日本の古いお家で、ゴツゴツした木の柱を見たことはありませんか?
この柱は建築用語で床柱(とこばしら)と呼ばれます。
高級木材の唐木は床柱に使われ、江戸唐木箸のはじまりは、柱の端材(はざい)をお箸にした説があると、川上商店の川上社長に教えていだきました。
木材が不足するなかで「高級な唐木の端材を捨てるのはもったいない!」と当時の人々は考えたのでしょう。
江戸には優れた木工職人が多かったことと、硬く丈夫な唐木がお箸に向いていたことも、後押ししたことが想像できます。
200年以上経った今でも江戸唐木箸の素材は折れにくい木材が使われている
江戸と現代人では生活もガラリと変わり、東京の街並みはビルに。「都内木造平屋建て住宅の柱を再利用」…は現実的ではなくなりました。
しかし、今も江戸唐木箸の素材には、硬く丈夫な天然木を利用しています。職人が細く削っていく途中で裂けたり、折れてしまう木材ではダメ。
ましてや先端を細くするためには、かなりの強度が必要になります。
江戸唐木箸はこうして作られる
かたい天然木を、どのようにして削り上げていくのか?
ここからは実際に工場での作業を見学したレポートを紹介しましょう。
江戸唐木箸に使われる木の素材
トミクラフトの夫婦箸セットには金檀(きんだん)という自然なカラーの天然木が使われています。こちらも唐木(からき)の一種です。
一般的にはあまり知られていない木材ですが、ナチュラルな色味がやさしく、江戸硝子の箸置きにぴったりだったので、チョイスしました。木の肌をそのまま活かしたような質感が素敵。
デザイナーの豆知識
唐木は高級木材として、世界的に愛用されてきた歴史があります。日本では紫檀(シタン)、黒檀(コクタン)、鉄刀木(タガヤサン)が「唐木三大銘木」とされています。黒檀の一種セイロン・エボニーは、シルクロードを渡ってチェスの駒、ピアノの黒鍵、ヴァイオリンなど欧州にかかわるアイテムも。日本には奈良の正倉院に唐木を使った所蔵品がたくさんあるそうです。(参照:かねと建設「黒檀、紫檀、鉄刀木なんて読む?」より)
職人が指を使って丁寧に削ります
先端が2ミリの四角形は段階を経て削られます。元はざっくりと箸のおおまかなシルエット。最後には職人の指で、先端を細くしていきます。高速で削るベルトが動く機械に指で木を当て削ってゆきます。職人は神経を集中させます。
箸の先は約2mmの四角形
箸の先は約2mmの四角形。
つかみにくい豆もご覧のとおり、ガシッと安定してつまめるほど。
江戸唐木箸の洗い方と保管方法
箸先の劣化を防ぐために、横に寝かせて保管するか、箸立てを使って先を上に保管することをおススメします。
洗うときは、食器洗浄機は使えません。綿やアクリルなどの柔らかい素材のスポンジがGOOD。
硬めのスポンジやタワシ、金タワシはコーティングが剥がれるため使用を避けましょう。
お餅やお米がこびりついたときは、先を3分ほどぬるま湯に漬け置きして、ふやかしてから洗い落してください。
ポイントは使用後、早めに洗って水分をよく拭き取ること。
木は繊維です。繊維が水分を含むと変形するため、長時間のつけ置きはNG。洗ったら水気を拭き取りよく乾かすことが、長く愛用する秘訣です。
まとめ
今回、江戸硝子の箸置きセットを企画するために、木材というガラスとは全く異なる自然素材を調べることができました。
木材はいくつもの種類があり、広く奥が深い素材です。今回の商品に使ったお箸の素材・唐木を掘り下げるだけでも、古くは中国の唐の時代から繋がっていることがわかり、世界史とのつながりにロマンを実感…!
江戸でガラスが良く使われたのは、ワレモノを回収してリサイクルできたのは都市ならではのこと。お箸もまた住居を建てるときの木片がたくさん手に入った江戸ならではのことだったのかもしれません…。
江戸硝子も江戸唐木箸も「本来捨てるもの」と「職人の技」のふたつが揃って継承されてきたことがわかりました。
江戸の豊かな食・住・職人文化があってこそです。
この記事で紹介したことは、あくまでわたくしの解釈。ぜひ、伝統工芸品江戸硝子の箸置きセットで、メイド・イン・ジャパンのお箸を手に取り、日本らしい食文化を感じていただけたら…と思います。
江戸唐木箸をつかった商品
この記事を書いた人
東京・亀戸で70年以上ガラス屋をしている富硝子株式会社(とみがらすかぶしきがしゃ)のデザイナー。食器ブランド・トミレーベルのイラストや、江戸硝子や小樽硝子などのハンドメイドガラスのブランド・トミクラフトを担当している。旅行と食べることが好き。担当アイテム